関東煮(かんとうだき)

 私が「おでん」という食べ物があるというのを知ったのは、漫画に出てくるチビ太のおでんでした。

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 田舎者の私は、それが「かんとうだき(関東煮)」と同じものだとは知りませんでした。
 家で食べる「かんとうだき(関東煮)」に串などないからです。 

 また、「かんとうだき(関東煮)」の語源は、「中華そば」と同じく、「関東じゃ、こんな感じの物を食ってたぞ」的なものと思っていました。
 そして今でもそう思っています。
 (「中華そば」は、「中国じゃ、こんな感じのそばを食ってたぞ」という食い物と理解しています。)

 だから、当然、関西風にアレンジされ進化していったものと思います。
 
 まだ、「おでん」の語源について考えたこともありませんが(興味が湧かないから)、
 どうやら、今の「おでん」というものは、「かんとうだき(関東煮)」が言葉を変えて全国に普及していったのではないかと思います。

 理由は、「かんとうだき(関東煮)」の方が美味いから。

 東京のど真ん中で暮らしていたことがあるが、ホント、食物には参った。
 「不味い」というよりも、「貧しい」と感じた。
 関東の人は、可愛そうなほど食いもんが「貧しい」。

 もっと美味いもんが関西にはいっぱいあるんだぞ。









 うどん小話 @源内
 http://www.gennai.co.jp/story/page8/koba154.html


 私が30年前にうどん屋を開店した時、自然発生的に店内のコーナーにおでん鍋を置きました。
 当時、社員のなかに"おでん"に詳しいO君(数年前に死去)がおり、このO君の紹介で器具屋さんとかおでん屋さんにつれて行ってもらった記憶があります。
 このO君、当時高松ではチョット名の知れた"遊び人"。

 その店は、私の知る限りでは高松市内でただ一軒のおでん専門店でした(店名はかけあし、瓦町2丁目)。
 今日(10月12日)、確認のため現地に行ってきたのですが、嬉しいことに2代目が引き継ぎ、営業していました。
 30年前にこの店で"おでん"のことを勉強した記憶がよみ返り、懐かしくそして嬉しくなってしまいました。

大衆食堂(なんでもありの食堂)全盛の時代でしたから、普通の食堂へ行けば"うどん"・"すし"・"おでん"は定番でしたので、「かけあし」のように専門店が少ないのは当然のことでした。
 それにうどん専門店も、現在のように数多くありませんでした(小話百九~百十二参照)。

 一所懸命記憶をたどっているのですが、家庭料理のなかで母親(現在93歳)が"おでん"を作ってくれたことを思い出すことができません。
 また讃岐郷土料理のなかに"おでん"は入っていません。
 もっとも瀬戸内海沿岸ですので、常に新鮮な魚貝類があり、"おでん"を作る必要がなかったのでしょう。

 なのになぜ、今、うどん屋と"おでん"がエンゲイジしてしまったのか・・・・?。
 NHKのNさんから質問を受けるまで、まったく何の疑問も持っていませんでした。
 太陽が東から昇り、西に沈むがごとく・・・・。

 そこで調査開始です。
 まず東京の友人、大阪の有名厨房用品屋、静岡地方の友人、県内外の友人・知人、ありとあらゆる人に電話をかけ、情報収集をしました。

 "おでん"が讃岐郷土料理に入っていないのがわかりました。
 それもそのはずです。
 日本各地に"おでん"はあり、日本の国民食となっているのです。

 もともと"おでん"のルーツは「田楽」からきているように、豆腐に味噌を付け、焼いて食べたのが始まりで、室町時代に初めて文献に登場します。
  次第にこんにゃくや里芋が田楽に使われるようになり、これを煮込んだ「煮込み田楽」が江戸時代末期の江戸に登場しました。
 この「煮込み田楽」が関西に伝わると、従来の「焼き田楽」と区別するため、「関東煮(かんとうだき)」と呼ばれるようになりました。
 現在、香川県(讃岐)では"おでん"とも関東煮(かんとうだき)とも言います。

 ではなぜ、"うどん"と"おでん"がエンゲイジしたのかを説明します。
 うどん小話百九~百十六で書いているように、30年前頃はうどん専門店はあまりありませんでした。
 東京オリンピック(1964年)、大阪万博(1970年)と日本経済が高度成長の時代に入り、それに伴い食生活・食文化がいちじるしく変化していきました。
 特に大阪万博の開催により"さぬきうどん"ブームに火がつきました。
 従来からあった大衆食堂は衰退していきます。

 現在の香川県でうどん屋を営業している業者は、次の三つに大別できます。
 「製麺業者(うどん玉の卸し)」・「製麺機械メーカー」・「他業種からの参入」です。
 これをみてもわかるように"麺"そのものは経験もあり歴史があります。
 ところが"だし"の勉強ができていません。

 そこで出現したのが醤油うどんとか、大根をかけて食べさせるうどんです。
 なぜなら"だし"の研究をしなくていいから。
 ところがこの食べ方が他県の人達にはめずらしく、マスコミに取り上げられ、第2のブームとなっていきます。

 大阪万博後、大衆食堂は衰退していき、うどん専門店が数多く出現してきます。
 当店もそのうちの一軒です。
 当時の大衆食堂はなんでもありの食堂でしたが、料理の味はそれぞれに素晴らしいものでした。
 天ぷら、トンカツ、カレーライス、親子(他人)丼、魚の煮付け・焼物、サシミ類。
 これらのなかに当然"おでん"もあったわけです。

 当店、そして私の経験から言わせてもらえば、うどん屋で直ぐ大衆食堂のメニューが作れるのは"おでん"だけでした。
 そのうえ、練り製品ですから日持ちがします。
 また、うどんの"だし"さえあれば、なんの苦労もなくメニューの一つとしてお客様に出すことができます(但し、辛子味噌は研究します)。
 関東のソバは、昔から酒の"あて"にする話が落語などにも出てきますが、うどんは酒の"あて"にはなりません。
 うどんは単価が安いものなので、どうしても金額の上がるものが商売戦略上必要であったのです。

 このように大衆食堂の"おでん"が先にあり、後からうどん屋がついていったのです。
 三十年も立ちますと、うどん屋の方が先のような錯覚をしますが、日本各地にある国民食の"おでん"の方が先だったのです。
 何度も小話に書いていますが、うどんブームはたかだか二十数年前からです。
 ちなみに、香川県ではラーメン屋さんにも"おでん"は置いてあります。

 これでうどん屋と"おでん"のエンゲイジがおわかりいただけたでしょうか。
 Nさんのおかげで昔を思いだし、死去したO君の顔が浮かんできます。
 Nさん、ありがとうございました。

 最後になりましたが、各地に電話をかけ問い合わせた結果、うどん屋に"おでん"が置いてあるのはやっぱり香川県だけでした。








 2013年1月30日付日本経済新聞大阪夕刊いまドキ関西
 http://www.nikkei.com/article/DGXNASJB24041_V20C13A1AA2P00/

 「関東煮(かんとうだき)」の起源については、主に3つの説がある。

 1つは文字通り、関東地方から伝わったという説。
 辻調理師専門学校(大阪市)の日本料理研究室長、杉浦孝王さんによると、煮たり焼いたりした具にみそを塗る「みそ田楽」がおでんの始まり。
 今のようなしょうゆで煮込むおでんになったのは、野田や銚子など関東近郊でしょうゆづくりが盛んになった江戸末期からという。

 具材の温めと味付けが別で手のかかるみそ田楽に比べ、おでんは煮込むだけで済む。
 屋台で手軽に食べられる軽食としてまず関東で広まり、関西にも伝わった。
 その時に「みそ田楽と区別するために関東煮と名付けたのでは」と杉浦さんはみる。

 同じ関東由来でも、伝わった時期がもっと後だったというのが2つ目の説。
 きっかけは1923年に起きた関東大震災で、関東の料理人が関西に避難したり、逆に関西の料理人が復興需要を当て込んで関東に進出したりした。
 東西料理人が行き来したおかげで割り下を使う関東風のすき焼きなどもこの時期に関西に伝わったとされる。
 関東煮もその1つだったというわけだ。

 だが、関西の食文化に詳しい編集プロダクション140B(大阪市)の編集責任者、江弘毅さんは「それはあり得ない」と真っ向から否定する。
 1844年創業の老舗、たこ梅が震災前から関東煮を看板に掲げていたからだ。

 最後が江戸時代に堺を訪れた中国人が食べていた煮物を起源とする説。
 広東料理をもじって「広東煮」と呼ばれ、それが関東煮へと変わったとされる。
 たこ梅の5代目社長、岡田哲生さんは「堺の浜で中国人の食べていたごった煮をヒントにして、初代が作ったと伝わっています」と有力な手掛かりを教えてくれた。

 しかし、たこ梅開店当時の日本は鎖国で、堺への外国船入港は禁じられていたはず。
 このため岡田さんは、当時の料理本である1714年の文書「節用料理大全」に記されたタコの煮物「たこくわんとうに(かんとうに)」が名前の由来と考えている。

 これだけ諸説あるのは、関東煮が広く親しまれている裏返しともいえる。
 由来が何であれ、関西に根差した食文化として独自の発展を遂げた点は確かだ。



 関東のおでんとの違いは、まず味付け。
 関東が濃い口しょうゆによるやや塩辛い味付けなのに対し、関東煮は薄口しょうゆがベースで少し甘め。
 大阪や京都の料理人が上方料理の技法を持ち込み、関西人が好む味付けにしたとされる。

 鯨食が盛んだった土地柄を反映し、クジラの舌「さえずり」や皮の「コロ」をおでんダネに使うのも関東煮ならでは。
 いい味が出るとされるクジラと練り物を組み合わせ、独特の複雑な味わいのダシを生み出した。
 一般におでんはダシを沸騰させないが、うまみのしみ出たダシを次の日も使う関東煮は泡立つほどぐつぐつ煮る。

 牛すじやタコも関東煮の主役。
 ダシにさっとくぐらせて食べるワカメや春菊、近年は下ごしらえしたトマトなどの変わり種も鍋に入る。
 逆に関東では人気のあるちくわぶ、はんぺんはあまり見かけない。

 俳優の森繁久弥は生前、大阪市北区の老舗「常夜燈」をひいきにし、同店の関東煮を「かんさいだき」と名付けた。
 「これはもう関西のものだとして、命名されました」と現店主の池永伸さん。
 コンビニ各社が全国で関西風のダシを使うなど、関西で育った関東煮は各地のおでん文化に影響を与えている。
 (大阪経済部 山田和馬)





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