ぶっかけ @大円

 4カ月ほど前の新聞に、ぶっかけ専門店の大将が載っていました。

 西井辰哉 58歳。

 数あるうどんメニューの創始伝説の中で1番たくさんの大将が名乗り出るのは、たぶん「ぶっかけうどん」だろう。
 独自考案説から自然発生説まで、時期も含めて諸説入り乱れて言ったモンがち状態。
 ただし、商法登録は1993年に倉敷市の業者が取得した。

 しかし、「ぶっかけ」の名前は同じでも中身は千差万別だ。
 温冷の差、具の有無、だしの濃さ、容器や食べ方の違い。
 同じ店でも時代とともに変化したから、創始伝説はまさに乱麻のごとき状態だ。

 これを解きほぐしてくれる人を探していたら、ぶっかけ専門店大円の西井辰哉さんを紹介された。
 1988年2月の開店と同時に「ぶっかけ」メニューをずらりと並べ、通の間でも「専門店」と評価される店だ。
 今年7月には安倍首相も来店した。

 西井辰哉さんは大卒で上場企業に勤めた脱サラ職人だが、開業にあたって名物メニューを考えていた時、サラリーマン時代に岐阜で食べていたコロ(うどん)を思い出した。
 冷たい麺に別添えのツユをかけ、ネギと生姜を入れるだけ。
 これが美味しかった。

 コロは本来「香露」と書き、戦前、多治見市にあった名店・信濃屋のまかない食から発展した「香露かけ」のことだ。
 現在も岐阜、名古屋一帯で食され、きしめんを使う「きしコロ」もある。

 それを「ぶっかけ」と名付けたのは修行時代のうどん店で、冷たい麺にだしをかけたコロ風まかない食を「ぶっかけ」と呼んでいたからだ。

 コロに天ぷらをのせ、山イモをかけ、生卵を入れ、客の要望で温バージョンも作り、現在ぶっかけメニューは計26種類。

 「ぶっかけ」は今やそば、ご飯、即席食品から漫画や番組名にも使われるヒット用語になった。




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 さて、さて、この「ぶっかけうどん」ですが、「香露説」を取ると「ぶっかけうどんは」本来冷たいうどんとなってしまいます。

 ところで、一言家で知られる「源内」の大将は、「ぶっかけ」は「かけ」の下品な言い方であるから、「源内」という上品なお店には「ぶっかけうどん」などはない、と言っています。
 流石は一言家、言いたい放題ですなぁ。 
 http://www.gennai.co.jp/story/page2/koba23.html


 ところで、ところで、お庭のある「山田家」では、「源内」とは違って「ぶっかけうどん」というメニューがありますが、出てくるのは「かけうどん」です。
 「源内」の大将流にいうと、「かけうどん」という言い方は上品すぎて「山田家」には似合わないので、とっても下品な「ぶっかけうどん」と呼ぶようにしている、となるのでしょうか。
 その上「山田家」では、「釜ぶっかけ」とか、「ざるぶっかけ」とか、下品な言葉のオンパレードですが、これ、「山田家」の登録商標だそうです。
 流石は元酒屋、やりたい放題ですなぁ。


 ところで、ところで、ところで、坂出にある「家康」の「かえしうどん」は、そばつゆに使われる「かえし」をうどん用にアレンジしたもの。
 ここが開発したオリジナル商品で、「ぶっかけうどん」よりも遥か前から存在していたんだそうですよ。
 http://www.j-tradenet.com/ieyasu/20110425_074046240





 大円
 http://www.shikoku-np.co.jp/udon/shop/751

 源内
 http://www.gennai.co.jp/

 山田家
 http://www.yamada-ya.com/

 家康
 http://www.j-tradenet.com/ieyasu/








 中日新聞
 http://www.chunichi.co.jp/hold/2009/ntok0071/list/CK2009060102000192.html

 夜勤の合間、考えあぐねていると、近くのデスクが出前の「ころうどん」をおいしそうにすすっていた。
 冷たいだしをかけた、暑い時期にぴったりのうどん
 そういえば、この名前、東海地方でしか耳にしない。
 ルーツを調べてみた。

 めんのことなら専門業者に聞こうと、名古屋市製麺(めん)協同組合へ電話すると、「確かに、あまり他では聞かないですね。名古屋独特のものかもしれません」。
 名前の由来や歴史までは分からず、名古屋のうどん史に詳しい取材先を紹介してくれた。

 めん類製造販売の「角千本店」(北区西味鋺)は、1918(大正7)年創業の老舗。
 社長の加古守さん(65)は「ころうどんは戦後、公設市場のうどん店で広く出回り始めたようです」と、自説を披露してくれた。

 加古さんによると、市場の立ち食いうどん店では、せいろに盛ったゆでうどんが置かれ、注文に応じて丼に入れて冷たいだしをかけて振る舞ったという。
 「せいろ盛りの丸い形から、『ころ』の名前がついたのでは。あんころもちとか石ころとか言いますし」

 ころうどんのだしは、一般的にたまりしょうゆを使い、冷めていても香り高いのが特徴
 「そのため『香露(こうろ)』から『ころ』へ転じた説もあるらしい」とも教えてくれた。

 香露説を探ると、どうやらころうどんの発祥の店があるらしい。
 名古屋から少し離れた岐阜県多治見市上野町の「信濃屋」。
 歴史的なたたずまいの店を訪ねると、店主の滝晶宣さん(61)は「ころうどんは、父が売り出したと聞いています」と話してくれた。

 先代の故・吉雄さんは戦前、名古屋市中区のうどん店で修業。
 間もなく店を任され、まかないで食べていた冷たいうどんを出したところ、うどん通の間で人気を博した
 そのうどんが当時、「香露かけ」と呼ばれていたという。

 店は空襲で焼失。
 戦後すぐ、疎開先の多治見市で店を再開し「もの珍しくて、わざわざ名古屋から食べにくる人もいたそうです」と晶宣さん。
 その人気も手伝って、冷たいうどんが名古屋でも広がり、「ころ」の名で定着したと考えるのが自然だろう。

 今ではうどんのほか、きしめんでも見掛ける「ころ」。
 涼しげな見た目に加え、名前の由来になった丸っこく、香り高いイメージを思い起こすと、名古屋めしの奥深さが見えてきそうだ。









 うどん小話 その二十三 ”かけうどん”  @源内うどん
 http://www.gennai.co.jp/story/page2/koba23.html

 うどんとそばに、「かけうどん」とか「かけそば」のメニューがあります。
 関東文化といわれる”そば”には”ぶっかけそば”などというメニューはありません。
 なぜ、讃岐のうどんには”ぶっかけうどん”というメニューがあるのでしょう。
 
 ”ぶ”というのは「ぶんなぐる」とか「ぶっとばす」の”ぶ”(強意の接頭語)です。
 けっして上品な言葉ではありません。

 ”かけ”は”かけ”でいいのです。
 なぜ”ぶ”を付けて、ことさら下品な言葉を使うのでしょう?

 私がうどん店を経営して三十年になりますが、始めた当時は”ぶっかけうどん”などというものはありませんでした。
  昔から「素うどん」とか「かやくうどん」(薬味を加える意味からきています。すなわち加薬)という名称があるのです。

 当然、当店には”ぶっかけうどん”などありません。








 うどん小話 その百九 うどん屋 @源内うどん
 http://www.gennai.co.jp/story/page6/koba109.html

 うどん屋が、うどん屋の話をするのも変な話ですが、しばらくうどんの話がなかったので、今日はうどんの話をいたします。
 私が小学校~中学校の頃(40数年前)の話です。

 高松市内へ遊びに行きますと、高級なところで三越の食堂。
 日の丸を立てたお子様ランチ、これが最高でした。
 ただし年一回。

 いつもは市内のあちこちにある食堂で、"かやくうどん"を食べていました。
 ちょっと上のランクで"キツネうどん"。(大阪の人は"ケツネうどん"と発音します。)
  一般には、"いなりずし"と"かけうどん"が定番でした。

 "かやくうどん"とは、薬味であります"ネギ"と"カマボコ"が二切れ入ったうどんのことです。
 三切れは身切れ(ミキレ)につながり、武士が切腹するときに出す数です。
 また二切れは鍋物の蓋を取ることに通じ、日本料理の場合、普通は二枚。

 この当時、高松市内の食堂(うどん屋)では醤油を掛けて食べさせる店は、ただの一軒もありませんでした。
 この食べ方は、あくまで物資の無かった戦後の短い一時期だけでした。
 家庭ではスープを作ってくれる余裕がありませんでしたから、醤油を掛けて食べさせられていたのです。(小話その十四参照)

 私にとっては、あまりいい思い出ではありません。
 戦後(太平洋戦争後)の貧しい時期です。
 御飯に味噌汁を掛けて食べることもあり、このメシのことを「ぶっかけメシ」と呼んでいました。
 あまり色気がありませんが・・・・。

 うどんのメニューに"かけ"はあっても、"ぶっかけうどん"はありませんでした。
 その後、中学生の頃になりますと、市内で"うどん"の有名店が数軒現れ始めます。
 この話は次のページでいたします。

 "かけうどん"は、だし汁を上から掛けることから略して"かけ"と言うのです。(幕末の随筆「守貞漫稿」より)






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