研究不正を認定した規定に英文の「誤訳」

 既に常識ある日本人なら理解しているとおり、世界の科学研究の常識は、小保方晴子の弁護士の主張は、科学研究とは何ら関係のない全く無駄な議論であり、これをまかり通そうとゴネ回る弁護士はど~なの? という疑問符がつきまとう。

 法律上、「悪意のない」と書いている限り、あとになって誤訳だったと分かったので書き改めたとしても、その時点まで遡及しないため、小保方晴子の高級税金取りの身分は保証されるのだろうか?

 日本国の納税者は、おかしいというだろう。

 誤訳と解っているのだから、「規定に書いてある悪意には、偽装など加害の意図を必要としない」としか解釈できないだろ。
 彼女の弁護士もそろそろ納税者の常識的な言動に戻さないといけないのではないか。

 仮に、法律上の悪意と同じだったとしても、ぼろぼろと法律上の悪意に満ち満ちた事実が出てきているのだから。
 http://hazimemashite.at.webry.info/201406/article_12.html







 理研の認定根拠に「誤訳」
 http://mainichi.jp/feature/news/20140526mog00m040008000c.html


 STAP細胞論文問題で、理化学研究所が小保方(おぼかた)晴子・研究ユニットリーダー(30)の研究不正を認定した根拠の規定に、英文の「誤訳」があると専門家が指摘している。
 小保方氏が不正を否定する根拠とした「悪意のない間違い」との表現で、準拠した米国の規定では「オネスト(誠実な)・エラー」だった。
 理研もあいまいさの残る和訳が混乱を引き起こしたことを認め、見直しを始めた。

 理研は2005年12月、前年に起きた論文不正問題を受け、研究不正への「基本的対応方針」を策定。研究不正の定義について、米国の「連邦政府規律」に準じた。
 「悪意のない間違い」との訳語は12年9月に定めた現行の規定でも踏襲された。

 これに対し、愛知淑徳大の山崎茂明教授(科学コミュニケーション論)は「規定で『オネスト』を『悪意のない』と訳しているのは驚きだ。世界的には研究不正の判断に悪意の有無は関係ない」と指摘する。
 研究不正に詳しい大阪大の中村征樹准教授(科学技術社会論)も「『オネスト・エラー』は、研究の世界で通常受け入れられている手法をとり、それでも誤りがあった場合と考えるべきだ」と話し、「誠実に行った上での間違い」と翻訳するよう提案する。

 調査委は8日公表した報告書の最初のページに「『悪意』について」との項目を設け、「国語辞典などに掲載されている法律用語としての『知っていること』の意であり、故意と同義のものと解される」と表記。
 委員長の渡部惇弁護士は記者会見で「(規定の)悪意とは偽装など加害の意図を必要としない」などと用語解説に追われた。

 一方、理研の規定の別の箇所には「悪意に基づく通報」との表現があり、ここでは一般的な意味で「悪意」が使われている。
 渡部委員長は会見で「規定にも問題がある」と認めた。

 阪大の中村准教授は「『悪意』という訳語が混乱を招いたのは確かだ。規定は理研の研究者に対するメッセージでもあるから、表現の見直しは妥当だ」と話す。
 阪大や東京大などの同種規定にも「悪意のない」との表現があり、中村准教授によると阪大も見直す方針という。

 【根本毅】







 西村法律事務所 京都 西村幸三 (ブログ)
 http://blog.lawfield.com/?p=142

 理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーの研究不正について世間では話題が沸騰している。

 理化学研究所の「研究論文の疑義に関する調査委員会」は、2014年3月31日、研究論文の疑義に関する調査報告書を発表した。

 http://www3.riken.jp/stap/j/f1document1.pdf

 そこでは、小保方氏に、「科学研究上の不正行為の防止に関する規程」第2条2項の研究不正があったと認定した。

 それに対して、小保方氏は、代理人弁護士を立てて争う姿勢を見せている。
 小保方氏の主張は、自分の行為は、同規程の「悪意のない間違い」にあたるから、研究不正ではないというものである。

 そこで、法律家としては、この同規程の「悪意のない間違い」の意義について論じてみたい。

 理化学研究所の「科学研究上の不正行為の防止に関する規程」は、2006年に発表されたもので、以下のURLで読むことができる。

 2006年1月23日 独立行政法人 理化学研究所
  「科学研究上の不正行為への基本的対応方針」

 http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/topics/2006/20060123_1/20060123_1.pdf

 「研究不正」とは、科学研究上の不正行為であり、研究の提案、実行、見直し及び研究結果を報告する場合における、次に掲げる行為をいう。ただし、悪意のない間違い及び意見の相違は研究不正に含まないものとする。(米国連邦科学技術政策局:研究不正行為に関する連邦政府規律 2000.12.6連邦官報 pp.76260-76264の定義に準じる)

(1)「捏造」(fabrication)架空のデータや研究結果を作り上げ、これを記録、報告すること
(2)「改ざん」(falsification)研究資料、試料、機器、過程に操作を加え、データや研究結果の変更や省略により、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること
(3)「盗用」(plagiarism)他人の考え、作業内容、研究結果や文章を、適切な引用表記をせずに使用すること


 さて、「悪意」とは何であろう?

 小保方氏は「自分は悪意がなかった」と主張する。
 小保方氏はおそらくこの「悪意」を「人を害する」「害意」の意味で使っているようにも思える。
 一方、民法でいう「悪意」となると、「知ってやった」ら悪意であるから、小保方氏は民法の悪意の有無でいえば、100%悪意である。
 しかし、どうも、本来の意味は、「害意」の意味でも「知ってやった」意味でもないようである。
 理研は、研究不正の定義については、米国連邦科学技術政策局:研究不正行為に関する連邦政府規律の定義に準ずる、としている。
 とすれば、「悪意のない」の正しい意味を理解するには、なによりも英文に当たるのが一番の近道である。
 そこで調べてみると、

 米国連邦科学技術政策局:研究不正行為に関する連邦政府規律
 (Federal Policy on Research Misconduct)
 日本の文部科学省のWeb
 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/siryo/attach/1334741.htm

 Research misconduct is defined as fabrication, falsification, or plagiarism in proposing, performing, or reviewing research, or in reporting research results.

・Fabrication is making up data or results and recording or reporting them.
・Falsification is manipulating research materials, equipment, or processes, or changing or omitting data or results such that the research is not accurately represented in the research record. [#3]
・Plagiarism is the appropriation of another person’s ideas, processes, results, or words without giving appropriate credit.

 Research misconduct does not include honest error or differences of opinion.


 とある。

 すなわち、「honest error(悪意のない間違い)は含まない」という意味である。

 ここで注意すべきは、この英語の定義を、論理学的に正しく表現すれば、研究不正という要件事実を阻却するための条件は、

 (1)errorであること (2)そのerrorがhonestであること

 という2つの要件事実を、両方満たしていないといけないということである。

 errorという単語を、理研の規程は単に「間違い」と訳しているが、これは、語感として不十分であり、むしろ「故意のない間違い、事実と違うことの認識のない間違い」の意味である。

 errorとmistakeとの語感を比較する場合でも、errorという場合は「意図しない正しいことからの逸脱」、mistakeという場合は「不注意や知識不足による誤り」である。

 すなわち、あるものが事実と異なることの認識が存在している間違いは、errorとは言わないのである。

 小保方氏は、論文に掲載する写真が、実際の実験のデータの写真とは異なるものである事を知りながら、見やすくするため加工した、と述べている。

 そこでは、そのものが事実と異なるということの認識があるわけであるから、小保方さんのやったことはerrorではないといわざるをえない。

 「そんなことをやってはいけないという知識がなかったからやってしまった」というのはmistakeではありえても、errorではない。

 すなわち、小保方さんは、

 (1)errorであること の要件でアウトなので、(2)のhonestかどうかを論ずるまでもなく、honest errorだったという研究不正阻却要件をクリアできないものと思われる。

 さて、次に、honest  errorとはなにかが問題になる。

 honest の語感を考えてみよう。

 日本語では第一義的には「誠実な」と訳される。

 語感としては、「ほんとうの」「完全な」「まっすぐな」「嘘偽りのない」「真実に」「真心からの」といった意味合いである。

 つまり、honest errorとなると、「本当に故意や認識のない誤り」「心から故意や認識のない誤り」「まったく故意や認識のない誤り」の意味になると思われる。

 これは、研究の対象が事実と違うことについて全く認識や故意がなかったという語感なのだと思う。

 では、研究の対象が事実と違うことについて全く認識や故意がなかったことを、どうやって判断するのか。ここからは、事実認定のための基礎資料を何に求めるかという、事実認定論になっていく。

 理研以外のサイトを見てみよう。まずは東京大学である。

 東京大学科学研究行動規範(2013年12月 東京大学科学研究行動規範委員会)
 http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/administration/codeofconduct/pdf/leaflet.pdf
 「また、生データや実験・観察ノート等の研究の記録や実験試料などを保管していないことは、上記の不正行為の証拠隠滅・立証妨害と見なされる可能性があります」
 Moreover, a lack of records, such as raw data and laboratory notebooks, pertaining to a body of research may be considered to constitute destruction of evidence or obstruction of an investigation.


 と記載されている。これを事実認定の重要な要素として、小保方氏に当てはめれば、小保方氏は、生データやノートの記録を適切に保管していないから、限り無く研究不正とみなされる可能性が高いように思われる。調査委員会が、小保方氏がノートの記録をまともにつけていなかったことを重視しているのは、実はこのような事実認定のルールに基づいているものと思われる。

 「PubMedから日本の撤回論文を調べる」
 山崎茂明 愛知淑徳大学人間情報学部教授
 http://www.imic.or.jp/member/files/2011/03/IMIC_v32_3.pdf


 をみると、世界の生命科学論文数のうち、1991年から20年間の論文数の中で、日本論文の撤回論文発生率は655801本の中の112本、すなわち、10万件中17件の割合とのことである。
 撤回理由のうち、31%が「誠実な誤り(honest error)」、改ざんが19%、捏造が12%、重複発表が12%、捏造or改ざんが9%、不明が6%、盗用が4%と続く。

 こうやってみると、たとえ誠実な誤りであったとしても、論文を撤回することはありうるわけである。小保方氏が、「悪意がないから論文は撤回しない」という論理は、論理的必然ではなく、むしろ「悪意がない誤りだ」と小保方氏が認めた時点で、共著者が論文を撤回することについて文句など言える立場ではない、ということがわかる。
 産総研における研究倫理の取り組みについて(平成20年12月1日産業技術総合研究所理事 小林直人)
 http://committees.jsce.or.jp/rinri03/system/files/2kobayashi.pdf

(1)調査対象となった産総研協力研究員が筆頭著者の論文は、研究記録がほとんど保存されておらず、論文の実験結果を系統的に裏付ける試料は提出されなかったため、研究ミスコンダクトの有無に関し、事実の裏付に基づく判断は極めて困難であった。しかし、論文の作成過程で責任著者である研究センター長と生データで議論したことがないこと、また研究資料の作成方法について責任著者と異なる説明があったことなどから、公表された論文において研究ミスコンダクトが行われたことを否定できないと判断した
(中略)
(3)以上から、研究員が筆頭で研究センター長が責任著者である論文や、それら論文に記載のデータを実施例とした特許、またこれらを成果として引用した報告書などについては、取り下げあるいは訂正することを勧告する。


 とされる。
 やはり実験の生データを保存していないことは、研究不正であると認定される上で、相当に決定的なファクターとなっていることがわかる。

 honest errorそのものについて書かれた文献がある

 『がん臨床試験テキストブック』 考え方から実践まで(医学書院)
 http://www.igaku-shoin.co.jp/prd/tachiyomi/01645/index.html#page=1

I.基礎知識編
 1997年の省令GCP施行後に実施された775治験のGCP監査結果が公表されたが,カルテがない(21件),同意書がない(51件),その他記録保管に関する重大な問題(97件)といったGCP不適合が判明した3, 4).これらは,もしかしたら悪意のない単純な紛失かもしれないが,ほかの記録で担保できない限り,そもそも患者がいなかったもしくは同意を得ていなかったという疑いを払拭できるものではない。このため,系統的に試験結果に重大な影響を与えうる問題であるという観点から厳しく取り扱われる。米国ではfraudやmisconductに対しては罰則があり,FDAや国立衛生研究所(Na-tional Institutes of Health : NIH)はweb上で警告リストを公開している。しかし,fraudやmisconductを防ぐには,臨床試験に携わるスタッフ全員がfraudやmiscon-ductの問題の本質を理解し,「黙認」することも同様の罪であるとの意識を高め,自らを厳しく律する環境づくりが重要である。c.error/honest error(エラー,うっかりミス)error/honest errorとは,悪意のない意図しない間違いであり,なくしたいと努力しても,皆無にすることは不可能である。もっとも代表的なerror/honest errorはカルテや症例報告書に記載されるデータのエラーであり,その多くはランダムに発生する。その他,臨床試験における主なerrorには表1のようなものがある。これらのerrorをゼロにすることは不可能だが,errorを制御し,特に患者の安全にかかわるerrorを最小限に抑える仕組みを構築することは重要である。そのための手段として,品質管理という概念が臨床試験に取り入れられている。表1 臨床試験におけるerror/honest errorデータエラーほとんどは,原資料や症例報告書上のデータとして見つかる計画書・手順書などからの逸脱必ずしも記録が残されているわけではない特に詳細な実施手順(検査,治療など)は記録が残っていないことが多い不適格・誤登録書類上に証拠が残されていることが多く,発見されやすい書類紛失書類上の記載の誤りすべての書類・原資料が対象となる発見されやすい反面,差し替えや後追い作成で辻褄合わせを行うことでmisconductに陥りやすい


 このようにみていくと、科学者の研究不正の有無の判断については、少なくとも、世界の科学界のスタンダードな常識は、研究者自らに、実験の生データを保存記録しておくことを、決定的に重要な責務として負わせている、ということである。

 裁判の論理で言い換えれば、研究者が研究不正の嫌疑をかけられた場合、生データの保存と記録についての挙証責任は研究者に負わされている、ということがわかる。

 研究者が仮に実験の生データの記録が提出できない場合は、研究不正についての挙証責任が転換され、有罪の推定が働いて、無罪であることを研究者側が立証しなければならないという挙証責任の構造になっている、というのが、科学の世界のグローバルスタンダードの感覚であると思われる。

 生データが保存していけなれば挙証責任が転換されて有罪の推定が働くというのは、憲法の刑事事件における「無罪推定の原則」と比較すれば不合理なようにも思える。が、科学者というのは「証明してなんぼ」の世界であるから、けっしてこのような挙証責任の転換は酷ではないということになるのだろう。

 小保方氏は、どうやら、「私の間違いは悪意がない。悪意があるというなら理研が立証してみなさい」と主張しようとしているように見える。これは、弁護士の業界的にみれば、労働紛争における労働者側の発想と言い分ですね、となる。

 労働紛争と捉えると、たとえば、理研が小保方氏を懲戒したいとなれば、懲戒事由の立証責任は理研にあるというのが、一般的な裁判所的解釈になる。理研が悪意を立証出来なければ負けてしまうということになるのだろうか。

 しかし、研究者の倫理についての判断は、上記の論理がグローバルスタンダードであると思われるので、実験の生データを残していない小保方氏が「honest error」であることを反証しきるのは極めて難しく、不可能に近いと思われるのである。

 そういう意味で、理研の調査委員会が、小保方氏に研究不正があったと認定したことは、極めて妥当であるというのが、私の見解である。

 ところで、裁判所は、果たして、「悪意のない間違い」の意義をどのように解釈するのだろうか。「悪意のない間違い」の挙証責任をどちらに負わせるのだろうか。
 労働法的にいえば、労働者本人が否定しているのに懲戒解雇をしても裁判所は解雇無効であるとして解雇の効力を否定しかねないように思われる。そうなったら、裁判所によって、日本の科学界は世界にさらなる恥の上塗りをしてしまうことになるのであろうか。





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