新聞に「三宅ラーメン」のおじいちゃんが載っていました

 昨年の新聞に「三宅ラーメン」のおじいちゃんが載っていました。
 一杯に56年の結晶。

 高松病院の前に屋台を出していたのに、何故か、お向かいの病院の名前が屋号となった屋台のラーメン。
 その昔、取材したマスコミが勝手に付けた名前で、屋台に屋号は書いてないのに、みんながそう呼んでいました。

 山田信之 86歳
 さすが新聞、みんなが呼んでいる屋号は書いていない。

 南満州鉄道に就職して、その後徴兵。
 ソ連国境で終戦を迎え、ソ連軍に捕虜としてシベリアに送られた。
 氷点下45度の世界で、手のひら大のパン1枚と具がわずかに浮かぶスープだけで毎日毎日農作業と森林伐採に駆り出された。
 祖国の土を踏んだのは同じ班10名のうち自分だけだった…。

 70歳の時に仕事中に脳内出血で倒れているそうです。
 80歳を過ぎてからは体調を考えて午後8時でしまっている。
 したがって営業時間は午後4時から8時まで。

 ネットでも、よく、ここの屋台は無くなったのかと聞かれるがことがありましたが、年取ったので、屋台をしまうのが異常に早くなっている。
 新聞にはもっと色々とこれまでの人生が紹介されていました。
 シベリア抑留体験をバネに……。 

 で、ラーメンですが、その昔、ここのラーメンはコショウの味しかしなかった。
 それも半端ない。
 ラーメンを食い終わった後で水が欲しくなってたまらなかった。

 それでも車を横付けして運転手が食べに来ていた。
 タクシードライバーだけでなく、小さなトラックに乗った女性ドライバーも。
 病院に御見舞いに来た人だけでなく、入院している患者も。
 みんな香辛料中毒みたいでした。

 ところで、一昨年娘が入院していたのでここで何回か食べました。
 コショウの量が随分減っていました。
 ちょっとコショウが多いかぐらいでした。
 年取って、倒れたりして、ちょうど良くなったのでしょうか?

 生ける伝説?『三宅ラーメン』
 http://www.geocities.jp/jpexz/miyake.html
 http://ku-zou.blog.so-net.ne.jp/2009-06-23






 ‹追伸›
 その後、屋台は近くですが別の場所に移動してしまったようです。
 うどん市場の正面にある旧天神センター自転車置場らしい。
 おじいちゃん、おばあちゃん、いつまでも頑張って!

 三宅ラーメン移店
 http://tooon.ashita-sanuki.jp/e208904.html






 ‹追伸›
 その後、その後、移転と休業を繰り返し、もう出会えないと思っていた三宅らーめん。
 ついに復活です。
 近くです。
 喫茶アンです。

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 喫茶アンの大将によると、「三宅ラーメン」命名は、「NICE TOWN」の初代社長さまということでした。
 初代社長さまは今でも自分が名付け親であることを自慢しているそうです。

 取材にいって食べたら美味しかった。
 「名前は?」
 「名前なんかない」
 「高松ラーメンは?」
 「ちょっとなぁ…」
 目の前に三宅病院の看板が…。
 「三宅ラーメン!」



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 これです。
 ん…、コショウの香り…。

 でも、山田の師匠ほど辛くなかった。
 そのうえ師匠は日によって滅茶苦茶だったからなぁ。

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 三宅ラーメンを継承した『喫茶An(アン)』
 http://ku-zou.blog.so-net.ne.jp/2011-10-03-1

 本日の三宅ラーメン450円 喫茶アン(高松市)
 http://plaza.rakuten.co.jp/udontraveler/diary/201109280000/
 http://plaza.rakuten.co.jp/udontraveler/diary/201110040000/




 


 チャーハン・サラダ付き

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 三宅ラーメン 550円

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